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2006. 11. 29  
プロンテラから何マイル?

対オークの最前線であるリーネベルク砦にたどり着いたのは
プロンテラを発ってから10日後のことだ。

もともとこのリーネベルクはゲフェン地方の開拓村のひとつだった。

昨年の秋、オークは急激に勢力範囲広げ、
その勢いはリーネベルク村をも飲み込んだ。

幸いにして当時は聖教団が辺境保護を訴えて
ゲフェン地方各地の開拓村に冒険者らからなる警備隊を送り込んでおり、
リーネベルクにもその一隊が駐留していたのだそうだ。

警備隊はオークの襲撃によりその大半失ったが、
その犠牲おかげで開拓民は欠けることなく脱出に成功し、
今は難民としてプロンテラの一角で避難生活を送っているという。

プロンテラの旧剣士ギルド付近は
そうして避難してきた避難民たちによって
王都らしさとは一風変わった町が生まれているのだった。
機会があれば言って見る事をお勧めする。

さて
一度はオークどもの勢力圏に取り込まれたリーネベルクだったが
後に計画されるオーク討伐軍の橋頭堡となるべく、
2ヶ月ほど前に騎士団によって奪還がなされた。
以後、対オークの最前線基地として要塞化が進められ、
プロンテラ軍の一個大隊がその防衛に就いている。

プロンテラ騎士団副団長であるグレー卿からの指示を受けた
私ことトウコ=ミツキはその大隊に合流し、
指揮官待遇として軍務につけるのだ。

プリーストのミオと、愛馬ヘンスヒンとともに
リーネベルク砦が望めるところまでたどり着いた私は、
砦の周りの囲む丸太の防壁に感嘆の息を漏らした。

「へー結構しっかりした砦になったるんだねえ」

義勇軍砦はまあ例外であるが、辺境の砦というのは結構いい加減で、
小屋ひとつで【砦】と名付けられるところもあるのだから。
それに比べ、しっかりといた防壁が築かれたこの砦は
さすが最前線といったところか。

「そうでもないらしいですよ」

ヘンスヒンの馬上に揺られるミオが言う。

「どゆこと?」
「私の聞いた話だとですね。
 リーネベルクは開拓村のころから防壁で囲まれてたらしいのですよ」

ミオの話ではもともとはこの周辺に生息するウルフに
家畜を襲われることを恐れた開拓村の住民達が、
対策として防壁をつくっていたのだという。

考えてみればそうか、
工兵も揃っていない地方遠征の大隊に
これほどの防壁を短期間で築き上げる技術も時間もない。
もともと防壁があることを知っている上で
リーネベルクを奪還し、そこを砦としたということだろうか。

私たちは防壁のところまでたどり着くと入り口で歩哨に立っていた兵士に、
プロンテラより騎士団の指示で来た旨と大隊長に会いたい旨を伝え、
取次ぎをお願いしたのだった。
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