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2008. 02. 10  
受けなかったのでとりあえず削除。
第二夜へは下の追記部分からどうぞ。
<そのとき歴史が(間違った方向に)動いた>
『第174回 MNNRadio誕生』

第二夜、Here comes a Newchallenger!
MNNはScarecrow氏がひとりで数々の記事を書いてきていた。
ROのニュースサイトは今日に至るまでも数多く存在してきた。
しかしMNNのようなROの世界を描いた架空ニュースを配信するサイトは
かつて挑戦したヒトもいたが、MNNに勝る質、更新数を重ねることはなかった。

2004年に読者ひとりが記事を投稿したこともあったが、
その後、あとに続くものは無く、実質的にScarecrow氏がネタを思いつかなければ、
MNNの記事は増えることは無かったのである。

2005年4月26日。
中国をモデルにした新規MAP「古都 龍之城」と、新婚旅行MAPとして「常夏の島 ジャワイ」が実装。
それに伴って「山岳の都市フェイヨン」がリニューアルされた。

フェイヨンのリニューアルはローカルマッププロジェクトにより追加された「アマツ」「コンロン」に対する韓国ユーザーの要望によるところが多いと言われている。
MNNとしてはそこに何の観点を置かなかったが、
この実装内容に意味を与えたようとした人物いたのである。

・・・・・・いや、私なんだけどね。

さかのぼること2003年6月下旬。
のちに第一次マイグレーションと呼ばれるキャラクターのサーバ移動に付随して、
【トリスタンの悪夢】と名づけられたカーニバルイベントが実施された。
このイベントにおいて各地の都市が襲撃されるイベントなどが発生し、
当時MNNの基準サーバとなっていたLokiでは、モロクとフェイヨンが陥落した。
(その模様を伝えたMNNの記事「ミッドガルドの異変(3)」

フェイヨンは魔物の手に落ちていた。
その後取り戻されたものの、復興作業が行われた筈である。
事件から二年と言う歳月を経ているが、
破壊された都市の復興に数年掛かるのことは別段おかしくない。

そう考えたto-ko(当時)はMNNを模したページを制作。
それをこともあろうか、本家であるScarecrow氏に送りつけたのである。
だが、to-koの意に反して、Scarecrow氏はそれをあっさりと容認。
本家からそちらへと飛ぶように誘導までしたのだ。

その心意気にto-koは観念し、
半月後MNNが更新されたのを期に作成したページをMNN側へと譲渡。
今日、「フェイヨン復興記念式典を開催」という記事として保管されているのである。

以後to-koは、ハンドル名をトウコ=ミツキと名を改め、
MNNアルバイトライターとして数々の記事を書いていくことになるのだった。

『そのとき』まで、あと7ヶ月のことである。
<つづく>
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