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2014. 10. 26  


横須賀長浦地区は古くから海軍の倉庫群として使用されてきた場所だ。
かつては横須賀線の田浦駅からの引込線が四方に張り巡らされ、物資の保管場所として利用されてきた。
戦後しばらくは在日米海軍が使用していたが、後に返却されて軍転法によりそのほとんどが民間に払い下げられた。

大淀は鎮守府から吹雪を連れだすと、この長浦地区まで車を走らせ、厳重に警備がされた門の前へとやってきた。
閉ざされた門扉には「海軍用地につき立入禁止」と標語のように書かれた看板が取り付けられている。
大淀が車から顔を出して警備の兵士に何か言うと、兵が検問所から操作して門扉が金属音を立てて開かれる。

「ここは何ですか? 確か長浦地区は使用されてないと聞いてましたけど」

長浦地区は現在も一部を海自が利用しているが、鎮守府ではどういうわけか使用していないことになっていた。
在日米海軍が撤退した旧横須賀ベース内で物資などの保管は事足りるというのが理由と聞いている。

実際、艦娘は出撃をしても消費物資が少なくて済むのが、かつての戦争で燃料などの物資不足に悩まされた帝国海軍の艦艇としては助かるところだ。

「吹雪さんは簿外資材はご存じですか?」

「簿外資材?」

ようは帳簿上には存在しない資材のことだ。燃料であればタンクの底などに溜まった僅かな重油をかき集めたものであったりする。
かつて大和が天一号作戦で呉を出港した際に沖縄への片道の燃料のみが入れられていたという資料もあるが、簿外燃料により往復分を補充されていたという資料もある。

「タンカーの護衛などの遠征任務を行うことで鎮守府は資材などを得ていますが、運送される資材はもともと帳簿上より多く運送されています。輸送中に深海棲艦の襲撃を受けて損失するかも知れない量を想定し、その分を多めに運んでいるんです」

大淀は車を倉庫の前に停車させると、吹雪に降りるように促す。
外装は古めかしいが大きな倉庫だった。鎮守府の講堂を5倍以上はあるだろうか。

「輸送中に損失が発生しない場合は、多めに運んだ資材は帳簿上には存在しない資材となります」

「それが簿外資材ですか」

「そうです。その簿外資材は個々では微々たるものですが、塵も積もればと言ったところでしょうか」

倉庫の扉がモーター音とともに開け放たれる。
倉庫にはドラム缶や鋼材、ボーキサイトが山と積まれていた。

「かき集めればこのとおりです」

「これは…横領になるんじゃ…?」

「そうですね。ですが、ほぼ黙認されています。追求しようにも帳簿にはない資材なので」

吹雪は腑に落ちないものを感じていた。その想いを察したのか大淀は言葉を続ける。

「吹雪さん。品行方正なのは美徳です。ですが、指揮官が規則を守るがために部下が資材の不足に悩まされるのは正しいことでしょうか?」

「…大淀さん。これは司令官は知っていることなんですか?」

大淀は眼鏡を中指で押し上げる。
吹雪からは反射の関係で大淀がどのような目をしているのか見えなかった。

「これは提督が始めたことです」

「……」

ある意味予想通りの回答。
先日まで鎮守府付きだった大淀が艦隊のために骨を折る必要性はないだろう。
では誰がこれを始めたのかといえば、提督であろうことは吹雪にも想像できた。

「艦娘支援母船はごぞんじですね?」

「はい。私たちの海上拠点となるようにと司令官が用意してくれた船ですよね」

「あれの建造と運用する資金はこの簿外資材から捻出されています。提督の着任当初は鎮守府から直接出撃していたのは吹雪さんも覚えがありますよね」

「……」

艦娘支援母船は、もともと速度を期待された民生用のフェリーが元になっている。
民間では燃料価格の高騰、燃費の問題からほとんど活用されないままに解体されたが、艦隊ではその速力を重視し、4隻が運用されている。
それがどのように捻出されているのか、吹雪は関係書類を見たことがないことを思い出す。

「簿外資材を流用して私腹を肥やす指揮官はいます。ですが、提督の暮らしぶりは吹雪さんも知ってのとおりです」

将官であるのでそれなりの給与であるはずだが、食事は士官用の食堂を利用せずに艦娘に混じって間宮の食堂に並んだり、衣服はよれよれになるまで着潰したりと、あまり裕福な暮らしをしていないのは確かだ。
提督自身が夜間にだけ鎮守府内に開店する鳳翔の居酒屋に通えるのが最高の贅沢だと言っているのも知っている。

「かつての戦争では資材の不足に悩まされたのが敗因の一つでしょう。提督はそれを戦訓として、何事かあるときに自由に使える資材を集積していました」

「それがこの簿外資材なんですね」

「はい。提督の代理として艦隊の指揮を任された吹雪さんは、この資材をどうしますか?」

「……」

吹雪は沈黙して考える。
これまで吹雪という艦娘は真面目が取り柄と言われてきた。
補助艦艇としては有用ではあるものの、戦力としては微々たるものであるが所以に、軍艦とすら認められていないの駆逐艦だ。
だからこそ、出来ることは真面目に取り組む事こそが、艦娘としての貢献方法だと考えてきた。

真面目であるならばこの簿外資材を告発するのが筋だ。
不正に貯蓄されたものであるのには違いないのだから。
だが、今の状況で果たしてそれは得策なのか。

指揮官の視点からすれば愚策以外の何物でもない。
鎮守府内の全艦娘を出撃させるのならば、鎮守府に保管されている資材では足りない可能性もある。
そこに自由に使える資材が降って湧いてきたようなものだ。

「この資材を鎮守府に運び出しましょう」

吹雪の言葉に大淀は大きく頷いた。

「ここから運び出すのには水路を利用したほうが早いです」

「では、駆逐艦の娘達をここに集めて運び出しましょう」

「そう言われると思って、私の権限のおよぶ範囲で手配しておきました」

大淀が建物の外に手を振ると、小柄な艦娘たちが建物へと入ってくる。

「わあすっごい資材。睦月、感激ぃ!」
「こんなの運んだら何度もしないといけないから髪が傷んじゃう…」
「資材、運びます。任せて」
「すっごーい! ひっろーい! 燃料も鋼材もいっぱいだよぉ」
「ふっ、この力、何に使うか……」
「運びがいがありそうな量ですね…」
「げ、マジめんどくせえ」

「睦月型の皆さんに運送をお任せしようと思います」

「皐月さんと長月さんはいないんですね」

「あの娘達は別の駆逐隊に行っていますので」

なお、睦月型の中で卯月は鎮守府に着任していない。

「それでは睦月型の皆さん、よろしくお願いします」

吹雪の言葉に睦月は少し首を傾げながら言う

「吹雪ちゃんは司令官の代理なんだから、命令しなきゃダメなんだよ」

「え?」

「指揮官は部下にお願いするのではなく、命令をするものです。例えそれが代理であっても」

大淀の耳打ちに吹雪は少し困惑する。
睦月型の艦娘たちがジッと吹雪の方へと視線を向ける。
吹雪は大きく息を吸い込むと、気を吐くように命じた。

「睦月型、全艦。資材の運び出しを命じる」

「「「了解!」」なのね」
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