--. --. --  
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
2014. 07. 27  
◇鎮守府劇場(第9459話)
「鬼胎の夜」


WS000004.jpg

執務室の壁にかけられた鳩時計が午後9時を告げる。

とーこ(提督)「ん? もう9時か…」

吹雪(秘書艦)「……」

とーこ「吹雪」

吹雪「…え? あ、はい。お呼びですか司令官?」

朦朧とした意識から覚醒した吹雪は
寝ていたことが恥ずかしいのかちょっと顔を赤らめていた。

とーこ「今日はここまでにしようか」

吹雪「え? でも…」

とーこ「あとの仕事は明日でもいいよ、それにあまり夜遅くまで働かせると、大淀に怒られるんだわ」

吹雪「…わかりました。それでは今日はこれで…」

その時、吹雪からクゥという音が小さく聞こえた。
吹雪の顔が瞬く間に赤く染まる。

とーこ「悪い。夕食抜きだったしねえ。この時間じゃ食堂も終わってるか…ちょっと待ってなさい」

提督は机上の電話から受話器を取ってダイヤルを回した。

とーこ「よ。まだやってる? …いや、私じゃなくてさ。吹雪を今からそっちに行かせるから、何か腹にたまるものを見繕って出してやってくれる? あ、酒は飲ますなよ。それと、後ろの隼鷹に程々にしておけと言っといて。ああ、よろしく」

提督が受話器を置く。

とーこ「吹雪、鳳翔がやってる店は知ってるよね」

吹雪「酒保の奥の…給湯室だったところを改造した場所ですよね」

とーこ「そそ。夕食を用意してもらうように頼んだから、今日はそこで食べて行きなさい」

吹雪「えっと、私…秘書艦を務めさせて頂いてますけど、駆逐艦ですし…入ってもいいんですか? 軍艦以上でないと入っちゃいけないんですよね?」

とーこ「戦前の士官食堂じゃあるまいし、あそこは鳳翔が勝手にやってる店だ。酒なんかを出すから、あまり駆逐艦娘たちには行ってほしくないの事実だが、行ってはいかんという取り決めをした覚えはない」

吹雪「そうだったんですか…私てっきり…」

とーこ「ま、実際大人の艦娘ばかりだし、駆逐艦の娘たちには入りにくいかもねえ。だが今日は提督のお墨付きだ。たまには大人の雰囲気でも味わっておいで」

吹雪「はい! ありがとうございます司令官。それと…あのう…」

とーこ「?」

吹雪「あまり遅くまでがんばらないでくださいね」

その言葉に苦笑するよりほかない。
吹雪を帰らせたあとも仕事をするつもりなのを見透かされていたようだ。

とーこ「わかってるよ。あともう少しやったら私も切り上げるよ」

吹雪「必ずですよ? また執務室で寝てるなんてことがないようにしてください。そのために畳敷きにしたんじゃないんですからね」

とーこ「はいはい」

吹雪「『はい』は一度だけです」

とーこ「は~い」

吹雪「まったくもう…それじゃあ、今日はこれで失礼します。おやすみなさい司令官」

とーこ「お休み、吹雪」

吹雪が執務室の扉を閉めるのまで手を振る。
一人になりと片手で頬杖をつきながら、手の中の書類を眺める。

『MI及びALにおける二方面二正面作戦の概要』

近々発令が下る作戦はこれまでとはケタ違いの規模になるだろう。
かつて敗戦のターニングポイントと言われ続けている戦いと同じく厳しい戦いとなることは間違いない。

深海棲艦との戦争においても同様にターニングポイントになるのかもしれないのだ。

しかしこの作戦を成功させなければ、
人類はまた一歩滅亡の淵へと後退させられることになる。

『武蔵か大鳳でも持ってこられれば、少し楽になるのかもしれないが』

春の作戦前に超々弩級戦艦、大和を分捕ってきたせいか、
武蔵や大鳳といった強力な力を持つ艦娘を着任させることに
軍令部は渋い回答しか寄越してこない。
一箇所に強力な力が集中することへの不安感ゆえなのか。
それとも別の理由があるのか提督は知る由もない。

『唯一救いなのは、榛名の改二案が作戦前に通ったことか…』

昨年終盤より相次いで改二へと改装された金剛型姉妹は
戦艦群の中では常に大きな戦果を上げている。

姉妹で唯一、改二への改装計画が遅れていた榛名も
明日には仕様書が届く手はずになっていた。
次の作戦では大きな助けになるだろう。

ふと、執務室の扉がノックされた気がした。

とーこ「(こんな遅くに誰だ?) どうぞ」

しかし、ノックの主は扉を開けようとしない。
扉の向こうに気配があるのは何となく感じられる。
提督は立ち上がるって扉に向かうと、おもむろに扉を開けた。

??「きゃっ!」

扉の前に立っていた一人の艦娘が、
突然開いた扉に驚いて飛び退く。

とーこ「…榛名?」

榛名「あ、あの…夜分遅くにすみません」

とーこ「…こんなところじゃなんだから、中に入りなさい」

榛名「は、はい。お邪魔します」

執務机代わりのちゃぶ台を挟んで榛名が座る。
その榛名の前に麦茶のはいったガラス杯が置かれる。

とーこ「こんなものしか無くてね。紅茶とかじゃないんだが、大丈夫か?」

榛名「お心遣いありがとうございます。榛名は大丈夫です」

榛名は杯に口をつけて一口飲んでみせる。

とーこ「で、どうかしたのか?」

榛名「今日はお礼を」

とーこ「お礼?」

榛名「はい。榛名をこれまでご指導下さりありがとうございました。姉さまたちや霧島につづいて、榛名も明日、とうとう改二になります。不束者ですが、今後ともよろしくお願いします」

榛名は座布団の左横に降りると、深々とお辞儀する。

提督の記憶にある榛名は確かに礼儀正しい娘だったが、
今日の榛名の仕草には違和感を感じざるを得ない。

とーこ「榛名。何があった?」

榛名「何もありませんよ。榛名は本当に…」

とーこ「榛名。何があった?」

榛名「……」

両者が沈黙するなか、夏の虫の声と時計の秒針の音だけが室内に響き渡る。

榛名「提督、榛名は改二にならなければダメでしょうか…?」

とーこ「どういうこと?」

榛名「榛名は今のままで鎮守府においていただくことは出来ないでしょうか」

とーこ「改二になりたくないってこと?」

榛名「…はい」

とーこ「理由を聞かせてくれる?」

榛名「…怖いんです」

とーこ「……」

榛名「去年の終わり頃から金剛お姉さま、比叡お姉さま、霧島と順番に改二になっていきました。提督、改二になったお姉さまたちや霧島は、本当に前と同じお姉さまたちなんでしょうか?」

とーこ「確かに容姿は大きく変わったりしているが、それは新しくなった艤装によるものだと説明されてる。変わりはないと思うけどな…」

榛名「榛名も特には思ってなかったんですが、最近何か違和感のようなものを感じるようになったんです」

とーこ「……」

榛名「金剛お姉さまのお茶の好みが変わっていたり、比叡お姉さまが料理に挑戦しだしたり、霧島は眼鏡がなんかおかしいです」

とーこ「(霧島…眼鏡て…)」

榛名「榛名の改二のお話をいただいてから、ふと思ったんです。改二になった榛名は、果たして榛名のままなのかと」

とーこ「……」

榛名「提督。蝶は幼虫から蛹になった時、中でドロドロに溶けてしまうんだそうです。それが蝶になった時に果たしてそれは幼虫と同じ生き物なんでしょうか。幼虫の時の記憶とかそういうものは蝶にも受け継がれているんでしょうか」

とーこ「改二になることで、今の榛名が消えるんじゃないかと思っているってことか」

榛名「…すみません。榛名、変なコト言ってますよね…ごめんなさい。榛名、帰ります…」

とーこ「ならなくていいよ」

榛名「…え?」

とーこ「榛名が消えてしまうのは困るし、今のままでいいよ」

榛名「…でも」

とーこ「榛名。お前は、この艦隊で最先任の戦艦だよね」

榛名「はい」

とーこ「お前が来てくれた日のことは今でも覚えてるよ。その時の気持ちもね」

榛名「……」

とーこ「私の気持ちは何も変わってないつもりだよ。榛名が大事だ。お前が不安に思うなら。今のままでもいいよ」

榛名「提督…榛名は…」

顔を伏せた榛名からしずくが流れ落ちて畳に落ちる。
提督は榛名の側に近づくと、その頭をポムポムと撫でた。

とーこ「お前は何でも自分一人で我慢しちゃうからなあ。自分が思うとおりにしてもいいんだよ。誰にだってその権利はあるんだから」

しばらくの間。
榛名は目元を袖で拭うと、提督に向かって顔を上げる。
そこには不安げな表情はなく、やわらかな微笑みが浮かんでいた。

榛名「…提督。ありがとうございました。こんなに提督に想って頂いて、榛名は果報者です」

とーこ「そっか。でもさっき言ったとおりだ。榛名は自分の思うとおりに生きる権利があるんだからね」

榛名「はい。榛名は自分の思うままに生きます。ですから提督、改二への改装をお願いします」

とーこ「…いいのか?」

榛名「はい。榛名は提督と、お姉さまたちや霧島、そして鎮守府の仲間たちを守るために生きていきます。ですから、そのための力を手に入れるために、改二になります」

とーこ「そうか…わかった。明日、予定通りに改二への改装を執り行うこととする。今日はもう部屋に帰って寝なさい」

榛名「…提督。榛名、一つだけわがままを言ってもいいでしょうか?」

とーこ「ん? 何?」

----------------------------------------------------------------------

WS000005.jpg

とーこ「すまないが、今日中に目を通しておきたい書類があるんだわ。でもずっとここにいるから」

執務室の畳に敷かれた布団の中から榛名が顔を出す。

榛名「榛名のわがままを聞いて頂いてありがとうございます」

とーこ「いいっていいって」

榛名のわがまま。
『今夜はずっとそばにいていただけますか?』を聞いた瞬間に
提督は女である我が身を呪いたくなった。

男であったならば「我、夜戦に突入す!」とかなんとか、
チクショウ!バカヤロウ、コンチクショウ。
当然顔には出さないが。

とーこ「明かりをつけたままで平気?」

榛名「はい。あの、手を握ってていただけますか」

チクショウ。可愛いなぁもう!

何で提督の性別は女なのか。
そこんとこちょっと小一時間問い詰めたい。

とーこ「左手でよければ」

榛名「ありがとうございます。提督、おやすみなさい」

左手が榛名の手で包まれ、温もりを感じる。
無条件に守ってあげないとと保護欲が展開される感覚を覚えた。

しばらくすると、榛名から寝息が漏れ始めた。

『安心できたみたいだな』

右手だけでは不自由なので、左手を引き抜こうとすると、
榛名の手がガッチリと左手を拘束していた。

とーこ「もしかして、私トイレとか行けない?」

そのとき、勢い良く執務室の扉が開け放たれた。
そこにはクーラーボックスを携えた人影があった。

金剛「Hey!テートクぅ! 茶ぁでもしばきませんカー?」

とーこ「お前はどこの金剛だよ!」

金剛「大阪と奈良の間の金剛山の金剛ダヨ」

とーこ「…あれ? もしかしておかしなところは何もない?」

金剛「そうだヨ」

榛名の様子を覗き見るが、穏やかな寝息をたてていて特に起きる様子もないようだ。

とーこ「で、お茶か。私、ここから動けないんだけどいいかね?」

金剛「No problem, 榛名のお礼デスからネー。全部私が用意するネ」

とーこ「…知ってたのか」

金剛「姉デスからネ。ここ数日は話しかけても上の空だったリ、様子がおかしかったネー」

金剛は持参したクーラーボックスから氷とポットをとりだし、
手早くグラスに氷を入れると琥珀色の液体を注いだ。

金剛「今日は暑い夜だからネー。アイスティにしたヨ」

とーこ「…美味いんだけどさ。リプトンの無糖ティと同じ味がする」

金剛「そりゃソーダヨ。酒保のデイリーヤマザキで買ってきたリプトンのパックを入れ替えただけデスヨ」

とーこ「マジか…」

金剛「アイスティを用意する時間がなかったからネー。期待させてたらSorryデスヨ」

とーこ「まあ、悪くないからいいけどさ」

金剛「あ、いい忘れてタネ。粗茶デスガ」

とーこ「変なコトだけ覚えてんなあ…」

金剛「テイトク、お腹空いてると思っタカラ。サンドイッチもってきたヨ」

とーこ「…大船軒のサンドイッチって、また妙に高級なものを…どうしたんだこれ?」

金剛「大淀が今日は赤レンガに行くって言ってたカラ、帰りがけに頼んだんだヨ」

とーこ「なるほど。ちょうど空腹だったし、サンキューな」

金剛「ドウいたしマシテー」

両者しばし沈黙。
提督はサンドイッチを平らげると、紅茶を飲み干して口を開く。

とーこ「榛名はさ。改二になると自分が消えてしまうんじゃないかって不安がってたんだよ」

金剛「なるほどネー。…んー、それはアレだヨ。”marriage blue”みたいなものデスネー」

とーこ「すっげえ良い発音で言うけど、”marriage blue”って和製英語じゃなかったっけ…」

金剛「ちゃんとEnglishで言いマショウカ?」

とーこ「いや、いい」

金剛「改二になると、少しモノの見え方が変わるネ。能力もそれまで手が出せナイと思った敵にデモ、余裕で対処できタリするしネ。艦娘としての立ち位置がLvUPスルんだと思うネ。そうやって知らズ知らズのうちに、榛名への接し方も変わってたのかもしれないネ…」

とーこ「……」

金剛「テイトクが改二にならなくてもイイよって言ったことガ、榛名はきっとVery嬉しかったデスネー。でもネ、私たちも榛名への愛情は変えてないつもりだヨ」

とーこ「そうか。それを聞いて安心したよ。金剛、お前は良い姉ちゃんやってんだねえ」

金剛「エヘヘ。Thanksテートク。でも鎮守府に居るネームシップの艦娘は皆そうネ」

金剛は両手を前に組みわせるようにして祈る。

金剛「ドウカ、妹たちに幸あらんことヲ。ドウカ、無事に鎮守府に帰還してくれることヲ」

とーこ「…金剛。近う寄れい」

金剛「なんデスネ?」

近寄ってきた金剛に手を伸ばし、ポムポムと頭を撫でる。

とーこ「いつも、ありがとうな」

金剛「なんカ、恥ずかしいネー」

笑いあいながら、鎮守府の夜は更けていく。

----------------------------------------------------------------------
無題

翌日、榛名が改二への改装を終えた。

榛名「改二になった榛名です! 提督、これからもよろしくお願い致します」

とーこ「無事終了したね。気分はどう?」

榛名「昨日の夜は、あれだけご迷惑をお掛けしたのに、今はモヤモヤとしたものが全部なくなった感じがします。提督、ありがとうございました」

吹雪「昨日の夜? 何かあったんですか?」

とーこ「吹雪の帰ったあとで、榛名がちょっと相談に来ただけよ」

吹雪「…本当ですか?」

とーこ「それ以上何があるってのさ…」

金剛「Hey! これで、次の作戦もバッチリネー!」

榛名「金剛お姉さま!」

金剛「さぁて、皆にお披露目と行くネー」

榛名「お姉さま、押さなくても…榛名、歩けますからっ」

金剛「行っくヨー!」

とーこ「それじゃあ、私たちも行こうか」

吹雪「了解です。司令官」

『……』

とーこ「ん?」

吹雪「どうかしたんですか?」

とーこ「呼ばれたような気がしたんだけど…気のせいかな」

ふと、提督の視線の先を一羽の黒い蝶が横切る。
その艶やかな漆黒の姿に、昨夜眺めた黒髪を想起した。

昆虫において、卵から幼虫、蛹を経て成虫 という成長をとるものを完全変態という。
成虫になるための準備期間である蛹の間、内部では一部の神経、呼吸器系以外の組織はドロドロに溶解している。
蝶やその他、完全変態の生き物が何故このように劇的に姿を変えるのか、
そのメカニズムは未だに完全には解明されていない。
(ウィキペディアより)
NEXT Entry
うなぎ食い損ねた
NEW Topics
ちんじふ劇場【5月まとめ】
活動休止してます
明日ですが、C88の情報
歩いて帰ろう
長門と花火大会
本日丑の日
Comment
Trackback
Comment form
 管理者にだけ表示を許可する
Twitter(ていふのヒト)
カレンダー
これまでの読者
ブログ内検索
アクセス解析

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。