2011. 04. 01  
トウコ=ミツキはオーク討伐のあったこの年を前後して日記をしたためていた。

自分の心情について事細やかな記述がされている日もあれば、
その日食べた料理が美味しかったとだけ書かれた日もあり、
ただ書くために書いていたというようなものであるが。

その日の彼女の日記には簡潔な一言だけが書かれていた。

『私は嘘をついた』と。




澄み渡った青空の下、
リーネベルク砦にあるトウコの部隊の宿舎の前に
30名からなるトウコ隊の少年兵たちが整列していた。

彼らは集まって整列するようにとだけ言われており、
これから何が始まるのかと不安げな様子が各々の表情に見てとれた。

その整列を後ろには彼らを見張るようにウォルターとハンナが並び、
軍曹は少年兵の正面に立って彼らの様子を確認すると
ひとつ咳払いをして口を開く。

「これから隊長より諸君に話がある。
 心して聞くように」

軍曹に促がされてトウコは少年兵たちの正面に立つ。

「敬礼!」

軍曹の号令で少年兵たちの右手が一斉に額に当てられた。
トウコは右手を上げてそれに答えた。

「まずは初めまして。
 私が君たちの部隊の隊長を務めることになったトウコ=ミツキです。
 元は冒険者だけど、今はプロンテラ軍所属の
 騎士待遇の兵士ということになっています」

トウコはゆっくりと言葉を紡ぎ出していく。
目に映る少年兵たちが見上げる顔はどれも
これから先に何が待ち構えているかわからないためか
不安げな表情をしているものが多い。

「君たちが現在砦となっているこの地で生を受け、
 オークの勢力拡大でこの地を追われ、
 難民生活の中から兵士を志願してこの地へ戻ってきた事は聞いた」

ふと見慣れた土地が軍事拠点となってしまった心情はいかばかりなものかと思う。

しかしすぐに、わかるはずもないとの考えに至った。
トウコだけでなく、それはきっと彼らにもわからないだろう。

嬉しさも悲しさもきっと彼らの中にはない。
あるのは欠損し、満たされることのないナニカが
ただ在るだけだろう。

「君たちに与えられた使命はオークどもを蹴散らすことだ。
 しかしながら、
 兵士として、戦士としての経験のない君たちが戦場に出れば
 君たちは…みんな死ぬ」

その言葉に少年兵たちがどよめく。

「だが!」

その動揺を押さえ込めるべく、トウコは力強く声を発する。

「私は君たちに宣言しよう!
 君たちを、誰一人欠けることなく、
 このリーネベルクでの開拓民としての生活を取り戻させると!」

少年兵たちの動揺の声が水を打ったように静まる。

「そのためには今の君たちの力では不十分だ!
 私はこれから君たちに過酷な訓練を命じる。
 死ぬような厳しい訓練になる。
 しかしその訓練に耐えなければ、君たちは戦場で必ず死ぬ!
 君たちが死なずに再び元の生活に戻るには死ぬ気の訓練が必要だ!
 その訓練に耐え、皆が兵士としての働きができるようになれば
 私は君たちを、君たち全員を再びリーネベルクに戻す!
 それを約束する」

少年兵たちは呆然とトウコを見上げていた。
軍曹は表情を崩さずに直立不動を貫いた。
ウォルターとハンナは互いに一瞬目配せをした。

そんな夢のような話があるのかと、その場にいた誰もが思っていた。
しかしトウコは意思のこもった視線を周囲に振りまいていた。
出来るのだと信じさせることが彼女の役割であるが故に。
そしてそれが嘘であることは彼女が誰よりも知っていた。

その様子を遠くから伺う二人の男がいた。

「無茶な事を言うなあ…
 訓練をすれば犠牲者は少なく出来るって意味で言ったつもりなんだけど」

「あいつにだってそれくらいはわかってるよ」

「出来ると思うのか?
 一人も死なない戦争なんて」

「お前はどう思う?」

「……やりたい、さ。
 隊長やるってことは、隊の連中の命をを預かってることだ。
 どいつも気の良いやつらだよ。
 戦いはオレたちの家業だけど、死にたくて戦ってるやつは居ない。
 オレだって死なせたくて戦いをするわけじゃない」

「真っ先に無茶をするお前がいうかね?」

「無茶をさせるアンタに言われたくはないね」

「…頼みがある」

「…トウコさんを手伝えってことか?」

「よくわかるなあ」

「宿舎から離れたこんな場所に引っ張りこんでおいていう言葉か?」

「あんな少年兵が前線に出ないとならないのはさ
 悲劇だよ。
 その悲劇を回避させたいんだよ」

「お得意の裏工作でもすればいいじゃないか
 軍属を解除させるとか」

「軍に登録されて、前線にまで配属されてる状況じゃあどうにもならん
 仮に手を回してあいつの部隊から外したとしても
 別のどこかの部隊で戦場に向かわされるだけだ。
 悲劇が見えない所で起これば、自分には関係ないと思うのか?」

「思うものか!
 ……わかったよ。できるだけのことはする。
 でも、ウチはどうするんだ?
 ウチだってまだ実力が足りてるわけじゃない」

「当面はオレとグロウでなんとかする。
 それにユーリアって有望なのもいる。
 だからシィルビアとワニナとで補佐をしてやってくれないかな」

「…わかったよ。頼まれた。
 だから頼んだぞ」

二人の男は互いの拳を軽く叩き合った。
2011. 02. 12  
「実際のところ、行軍装備で長距離を走るって大変なの?」

「はい。我々正規の軍人でもあまり行いません。
 ただフォレフ殿の傭兵隊は良く走っているのを見かけますね」

「つまり、行軍訓練は自分たちの経験に基づいてるってこと?」

「はい。
 傭兵隊は様々な冒険者から構成されていることはご存知だと思いますが」

「まあ騎士だけじゃなく、魔法使いや商人も居るのはわかる」

「はい。
 あの中隊の凄いところは、行軍を行っても脱落者が出ないのです」

「……はあ!?」

「隊長が来られる少し前の話です。
 20キロほど西にオークどもの小規模なコロニーが発見され、
 この砦から制圧のための兵を出しました」

コロニーとはオークたちの前線基地のようなものだと思ってくれれば良いと思う。
我々にとってのこの砦のようなものだ。

オークたちも流石に自分の領域(いわゆるオーク村)から進出するに当たって
いちいち本拠地から出るのは効率が悪いと自覚してるのか
森林地域に点在するようにこうしたコロニーを作っているという。

前線基地のようなものとするのは、
このリーネベルク砦が人間の領域にあるにも関わらず、
かつて開拓村の村民を王都プロンテラに留め置いているのと違い、
オークの女性種や幼生種がコロニーでは確認されていることにある。
(もっとも女性種でも戦闘種であることが多いのだが)

オークにとっては一種の開拓村的な意味合いの場所と考えられるが、
オークウォーリアなどの戦闘種が数多く確認されていることもあって
『基地』と言う概念で分類されている。

「そのコロニー制圧で何が?」

「はい。
 コロニー自体は簡単に制圧できました
 何故ならコロニーに多くの戦力は残されて居なかったのです」

「……それはつまり、
 戦力になるオークウォーリアが居なかった?」

「はい。
 我々が彼らを捕捉していたように、彼らも我々の砦を捕捉していました。
 コロニーの大半の戦力はまさにこの砦への攻撃を仕掛けるべく出払っていたのです」

軍隊が行き違うことは決して珍しいことでは無い。
戦史では撤退する敵軍を追撃していた軍団が
いつのまにか敵軍を追い抜かして、
背後から敵軍の攻撃を受けたなどという例もある。

「コロニー制圧のために大半の戦力を割いたために
 砦に残存していた兵力はおよそ一個中隊ほどでした」

約200名ほどということになる。

「誰かが砦へと先行してオークの襲撃を伝えねばならなかったときに、
 名乗りを上げたのがフォレフ殿の傭兵隊でした」

「話にするぐらいだから、その伝令は間に合ったんだね」

「はい。
 彼らは3時間ほどでコロニーから砦に戻り、襲撃の旨を伝えました」

戦闘装備のまま森林地帯という悪路を3時間で走破したということになる。
当然コロニーから砦まで道があるわけではない。
せいぜい行軍してきた跡がある程度だろう。

「彼らの伝令により砦は防戦体制を整える猶予を得ました。
 オークの襲撃はその1時間後に始まり、
 制圧隊が戻ってきたのは伝令から4時間後でした」

砦の篭城部隊はオークの襲撃を耐え切り、
帰還した制圧部隊との挟み撃ちでオークたちを撃破したと続いた。

「そのとき、フォレフ殿の中隊から行軍による脱落者は居なかったと聞いています。
 体力に優れた者たちと同様に、魔法使いなどの者たちも脱落しなかったと言うことです」

私は元々冒険者であったから
魔術師とかそういう直接戦闘が出来ない職業の連中のこともわかる。
軍曹の言うことが正しければ、
フォレフは魔術師たちが脱落しないように考慮しながら
短時間の行軍を成し遂げたということだ。

私は話を聞いて頭抱えたくなった。
フォレフたちの中隊と同じようなことが果たして私の部隊でも可能なのだろうか。

……いや。
可能であるからフォレフは私にそれを勧めたのであろうし、
それが可能でなければこの対オークの戦線では
生き延びることが出来ないということなのだろう。

私は腹を括った。

「軍曹。
 明日、あの子たちと話す機会を設けて欲しい」

「はい。
 了解しました」

実際の戦場に出る前にやれることはやらないといけない。
それでも死人が出るのが戦争と言うものなんだろうけど、
私はそんなものを認めたくはない。
2010. 11. 25  
フォレフの話をその後も聞いたが、
ようは付け焼刃の戦闘訓練よりも基礎体力を重視しろというのが
彼の論旨だった。

いうことはわかる。
それに私なりに思うのは、
ヘタに戦闘訓練など行えば、
戦える要員として兵力に組み込まれることになるだろう。

上層部も私の部隊が少年兵のみだと言う事を知っている。
なおかつ大人は大人なりにこの少年兵たちを気遣っている。

それは彼らが兵士としてではなく、
子供と言う観点で見られているに他ならない。

しかし戦闘可能であると判断されれば、
兵士として戦場に送り込まれる事になる。

その先に待ち構えていることは言うまでもないだろう。

彼に礼を言って私が隊の兵舎へと帰ると、
兵舎では軍曹が待ち構えていた。

「何か妙案を手にいられましたか?」

軍曹の堅い表情はこの先の事を楽観視して居ないからだろう。
私は世の中というものは生き難いものだと信仰しているので悲観主義と仲がいい。
その悲観を口に出さないように極力気をつけてはいるが。
軍曹も同じ類の人間なんだろうなと思う。

「行軍装備で長距離を走って基礎体力を付けさせろってアドバイス受けた」

私の言葉に軍曹の表情が少しやわらかい物となった。

「確かに。ウチのガキどもにはそれが最適ですな」

「異論はない?」

「ハッ!
 歩兵で一番重要なのは持久力です。
 戦場を何時間も駆け回ることもあれば、
 長い距離を行軍することもあります。
 特に行軍の際、プロンテラ軍の一般兵士の
 脱落率をどれくらいか知ってますか?」

行軍は多くの脱落者を出す。
戦闘時の戦死者よりも多いはずだ。
私が答えないのを汲んで軍曹が言葉を続ける。

「行軍する地形にもよりますが、
 この辺りの様な森林地帯を20km程度行軍するだけでも
 1割程度が脱落します。
 途中で戦闘行為などがない場合でもです」

一般的に部隊の損耗率が3割に達した時点で『全滅』とされる。
組織的な戦闘能力を喪失した状態となるわけだ。

例えば戦場に到達する以前に部隊の3割が脱落していた場合はどうなるか?
答えは『全滅』。
戦場に到達した時点で、既に組織戦闘能力を喪失しているということになる。

軍曹の言うように1割喪失していたとするならば、
『全滅』しやすい状態であるということだ。

「長距離を走らせて持久力を付けさせる目的は
 おそらくその脱落率を減らすことにあると思われます」

なるほど。
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